コラムCOLUMN

第 9 回 剣道の精神性と外食産業氷河期

2017.10.28

 文化、芸術、教育、スポーツetc. 如何なる分野にも、飛び抜けて素晴らしい精神世界や人生は有るものです。その神髄を目の当たりにする時、私はいつも涙を搾り取られます。
 しかしこれから申し上げるのは、剣道が他と比較してより優れているという話ではありません。
ちょっと異色の精神世界と、飲食店経営の今後についての、私のホンの独り言です。

 私は高校時代、柔道部に所属していました。柔道場の隣には剣道場が有り、よくその稽古風景を観ていました。また体育の授業でも剣道が必修科目だったため自分で体験もしているのですが、心打たれるエピソードや高次元の試合に接し実態を知るようになるまでは、これほどの特殊な世界だとは想像もしていませんでした。
 剣道は、カッコで括るとスポーツであることに間違いは無いのですが、ルールと言い、心有る剣士達の精神の底流に存在する価値観と言い、一般的な競技スポーツとは明らかに一線を画しています。
 
 試合において勝敗を決める『 一本の技 』と認められる為には、当然のことながら決められた場所を打たなければなりません。
『 面 』『 小手 』『 胴 』『 突き 』の4種類が有効な技なのですが、偶然に竹刀が当たったり軽い打突では、3人の審判に一本とは認めてもらえません。正確な体さばきと気合の籠った一撃、それに加えて『 残心 』( 打ったその後も気迫と勢いを残し、相手が反撃する隙さえ無い状態 )が伴って、はじめて真の一本と認められます。
ですからサッカーのオウンゴールや野球の当たり損ねたボールによるヒット、ゴルフにおける風に流されたボールから生まれたホールインワン等は、剣道において一本とはならないのです。
 また、相手に敬意を払うという基本的精神を尊ぶ剣道では、一本を取ってもガッツポーズなどすれば、その一本を取り消されることになります。しかも剣道が目指すものは勝ち負けの先の精神修養だという考え方がある為、手段を択ばない勝ち方をすると『 恥を知れ 』との叱責を受けてしまいます。
事業でも『 利益には色が有る 』という理念を持つ経営者が少数ながらおられますが、この立ち位置と相通ずるものがあります。
 それから剣道では『 打って反省、打たれて感謝 』という言葉の意味を、殊の外大切に子供達に教えます。試合でさえ、究極の目的は勝敗ではなく、自我の弱点克服と精神の向上の為にあるという考え方です。

 このように競技スポーツとしては際立った特殊性を持つが故、日本剣道界には、精神美学を内包する『 思想 』としての剣道を正しく残し伝えながら、同時にその素晴らしさを世界にまで広めたいという二律背反が生まれることになる訳です。
 
 柔道は、1964年東京オリンピックの開催国特権で正式種目となったことを機に、国際化へ向け大きく歯車が回り始めました。その時、柔道は参加国数27ヵ国・総出場選手数74名( 男子のみ )だったのに対し、2016年リオデジャネイロ大会では参加国数136ヵ国・総出場選手数390名( 男女 )と、大躍進を遂げるに至りました。
 
 剣道も世界規模で競技人口を増やそうとすれば、2020年東京オリンピックで正式種目となれば手っ取り早く目的に近づけます。しかし開催国特権での正式種目候補には目もくれず、日本剣道界は、名乗りを上げることをしませんでした。
 剣道の持つ精神的美意識を尊ぶ剣士達は、オリンピックの勝利至上主義と商業主義そして政治支配に、武道としての尊厳を損なわれたくないと考えているのです。
 特筆すべきは文化や精神に重きを置くフランス ( 韓国に次ぎ剣道競技人口世界第3位 )も、剣士達は日本と同様のスタンスに立っていることです。
2015年剣道世界選手権参加52ヵ国も、韓国を除けば殆んどが、日本やフランスに同調しています。
 この日本剣道界の英断を面目躍如と私が感ずるのは、野放図な国際化に対し、極めて強い合理的自制が働いていることです。

 ここに、非常に興味深いデータが有ります。日本の代表的お家芸である剣道と柔道を2014年の各競技団体、及び、日本生産性本部発表のレジャー白書に基づいて比較すると、剣道の国際化がいかに遅々( 意図的に )としたものかが顕著です。

 競技人口の比較  剣道 → 日本は177万人に対し、全世界では250万人
          柔道 → 日本は 16万人に対し、全世界では数百万人
 
 剣道は1970年に男子、そして女子は1997年に初の世界選手権を開いているにも拘らず、オリンピック正式種目を目指そうとする動きは気配さえもありません。
 柔道は剣道に先駆けて世界選手権が開かれていたとは言え、1964年には男子柔道がそして1992年には女子柔道が、オリンピック正式種目となりました。
また全世界の各競技人口は先ほど記述した通りですが、総人口が日本より少ないブラジルとフランスの柔道競技人口がそれぞれ100万人、60万人と日本を遥かに超えているのに対し、剣道は日本の177万人と韓国の約50万人を足すと、世界の剣道人口250万人の約9割をもこの2国で占めることになります。如何に剣道の国際化が節度を保ち慎重に進められているかが、鮮明に見て取れます。しかしそうであったからこそ、古色漂う武道が時代と国境を超えて残って来たのでしょう。しかも国内競技人口が柔道の10倍というのは、並大抵のことではありません。
 
 さて、今度は飲食業界ですが大まかに申し上げると、外食産業市場規模は1997年のピーク時には未だ及ばないものの2012年から上昇を続け、現在はまずまずの活況を呈しているとも言えます( 日本フードサービス協会発表 )。
依然元気いっぱいの団塊世代は消費動向でも落ち込みは僅かで、バブル期入社世代や団塊世代ジュニアは働き盛り。食費に占める外食の割合が大きい若者世代も、一見、少子化が叫ばれる程には減っていないかに思われます。
 
 しかしながら日本の総人口は2008年をピークに以後は減り続けており、今後は減少の一途を辿ることが確実です。そしてもう間も無く団塊の世代が消費活動から退場し、働き盛り世代からも介護離職者が出て収入が減るなどすると、このグループは外食を控えるようになります。
更には頼りの若者世代人口はというと、小・中・高校が生徒減少により廃校・統合が増え定員割れする大学も多出していることから解るように、実は、1970年をピークに減り始めていたのです。
 
 外食産業全体の総客席数は、生産年齢人口の増加と共に増え続けました。しかしその生産年齢人口は1995年のピーク時からこの20年間で約1000万人減少しましたから( 以上、総務省統計局発表 )、現在の外食産業総客席数は飽和状態、というよりも、潜在的には既に過剰状態となっているのです。
2020年東京オリンピック終了後の経済の冷え込みが心配ですが、それ以前でさえ何か経済的異変が起きれば、立ち所に椅子取りゲームの逆転現象が発生します。
唯でさえ、味・バラエティー共に進化しコストパフォーマンスに優れた中食へのシフトは、じわじわと進行し続けています。また節約や健康志向による内食も、侮れるものではありません。
 様々な理屈を付け楽観的見通しを語る声も有ります。しかし少子高齢化と人口減少により、外食産業市場規模の縮小は現実に始まっているのです。人口の社会増が著しい東京でさえ、2015年の国勢調査に基づいた東京都政策企画局による推計では、2025年をピークに総人口・生産年齢人口共に減少に転じると予測しています。
 
 更には2017年の厚生労働白書( 1994年から2014年までの家計の推移を分析 )によると、世帯主が30・40・50代の年間総所得300万円未満世帯の割合が何れも増加していて、特に30代では、その増加の幅はさらに顕著です。人口減少と個人における可処分所得の減少。この二重苦に対抗できる決定的な打開策は無く、かなりの数の飲食店が淘汰( 当然、外食産業のみに止まりません )されることは確実です。
 かつての『 昼食難民 』という言葉も死語になる、言わば『 外食産業氷河期 』が、早晩やって来るのです。
 
 しかしながら氷河時代と言ってもそれは外食産業界全体のことであって、個々の飲食店に限って申し上げれば、創意工夫と努力によって生き残ることは充分に可能です。
 あの世界大恐慌下でさえ、どんどん潰れてゆく飲食店を尻目にウォルター・アンダーソンのハンバーガーショップやハワード・ジョンソンは、発展さえしてゆきました。イタリヤ移民の食べ物として一段低く見られていたパスタが、全米で流行したのもこの時代でした。
 日本でも1926年に千疋屋パーラー、翌年中村屋のカリーライス、そして1928年には資生堂パーラーが誕生していますが、いずれも1929年に起きた世界大恐慌を生き抜き、尚且つ現在まで営業を続けてきています。

 今後の飲食店経営も、対戦相手の眼を見据えることで心の動きを捉える剣道競技選手を見倣い、お客さんが何を欲しているかに全身全霊で向き合えば、勝機は必ず見えてくるものです。
 時流に流され、あれこれ商品や価格設定・集客法にうろうろする飲食店経営者がよく散見されます。しかし『 お客さんのニーズに常に寄り添い熟慮する 』という絶対条件さえ満たし続けてゆけば、支持してくださるお客さんは確実に増え続けるのです。

 剣道は、もしオリンピックの正式種目になれば世間の注目を集め、物心両面の公的助成を始め資金調達が容易になるのでしょう。しかし代償としての精神性の希釈化といったデメリットを嫌い一線を画したからこそ、熱烈な愛好者が離れず、177万人という国内剣道競技者を擁しているのだと思います。
諸外国における剣道開始動機も、剣道の持つ文化性・精神性への憧れが、最も大きいと聞き及んでいます。
 飲食店も数多の競合他店の中で生き残りを図るには、競技スポーツ界における剣道の如く『 オンリーワン 』を目指すことが最も賢明な道だと確信します。勿論コスト管理を徹底することで適正価格を維持し、料理や接客のクオリティー向上に励むなど、愛される店作りの為あらゆる努力を惜しまないことが不可欠であるのは、申し上げるまでもありません。
 料理だけでなく、経営者、店内の雰囲気、そしてスタッフさんも全てが商品なのだという認識に立ち、一度来店なさったお客さんが魅了されリピーターが続出するお店を、どうぞ目指していただきたいと思います。またそのようにしなければ、来たるべき外食産業氷河期を生き残ることはできないのです。

 剣道界には『 昭和の剣聖 』と称賛され誰もが仰ぎ見る、故・持田盛二先生( 剣道十段 )の様な傑出した人物が何人かいらっしゃいます。
その中のお一人に、全日本選手権優勝6回( 内、連覇2回 )という前人未到の金字塔を打ち立てた宮崎正裕さんを2000年に破り、初優勝を果たした栄花直輝さんという剣士がおられます。その決勝戦自体も永く記憶に残る名勝負でしたが、優勝者栄花さんは、世の中にこれ程すがすがしい好人物がいるかと思わせるような、桁外れに魅力溢れる人物なのです。
 栄花直輝さんはその後、2003年イギリスのグラスゴーで開かれた剣道世界選手権男子団体決勝戦で、世界中の剣士が魅了された結末を披露することになります。
この試合の延長戦一本勝ちで栄花さんは日本を優勝に導くのですが、そこへ至る栄光の軌跡をその年NHKがドキュメンタリーにして放映し、その人格とお人柄にも多くの視聴者が驚嘆させられました。
 また栄花直輝さんは得も言われぬ笑顔の持ち主で、飲食店がこの笑顔でお客さんを迎えたら、誰もがリピーターになってしまうだろうと思わされます。『 心の内面が表情に顕れる 』というその典型がここにあると、そう、栄花さんに感服いたしました。
 映像の鮮明なDVDが市販されています。YouTubeでも1と2と3に分かれてはいますが、簡便に観ることができます。

 タイトルは、『 ただ一撃にかける 』と言います。
ハンカチを用意して、是非ご覧いただきたいと思います。

カテゴリーCATEGORY

PAGETOP